デュラシアが店長を務めるアクセサリーハウス 『幻想曲』は、実のところ結構な広さを有している。
 元々広かった店内ではあるが、十一月の中頃に大規模な改装工事を行っており、隣の空き敷地にも手を広げた為により広くなっている。高さは三階建て。一階が営業スペースだ。
 片方は紅茶と生菓子を提供する喫茶スペース、片方はアクセサリー販売をメインにする雑貨スペースと部屋がキッチリ分かれている。出入り口を二箇所に用意しているので、どちらか片方を楽しみたい人でも安心して来店出来る仕様だ。勿論両方の来店も大歓迎、簡単な行き来を可能とする為、中庭を横切るように連絡通路が設置されていたりする。ただ歩いている中でも飽きが来ないようにと、窓から花咲く中庭が見えるようにしたのは一体誰のアイデアだったろうか。
 その広い屋敷内。イオがまず飛び込んだのは、現在地から最も近い場所。
 誰もが使う従業員控室だった。
「ごめんなのだよ匿ってなのー!」
「……イオ?」
「イオちゃん?」
 突如扉を開けて飛び込んできたイオに視線を向けたのは、休憩中だった絳河・ゼン(a28701)と蝶と戯れる闇華姫・アンシュ(a41199)だ。今さっき休憩に入ったばかりだったのか、二つのティーカップに紅茶を注いでいたアンシュはポットを持ったまま首を傾げる。
「えぇと……イオちゃんも紅茶飲みますか?」
「はぅぅアン姉、ボクもゆっくりお茶したいとこなんだけど今それどころじゃなくって、」
「ティーカップ、もう一つ出してくる」
「ゼンさんもボクのお話聞いてなのー!」
 二人の視線が突然の来訪者に向けられる。ゼンはゆっくり彼女が飛び込んできたときの台詞を思いだし、あァ、と長耳をピクリとさせながら声を上げた。あまり感情を映さない紅が微かに細まり、怪訝な色を見せる。
「匿え、と云ッてたが。何があッたンだ?」
 依頼中ならいざ知らず、今はこの付近で依頼は出ていない筈。この平和な場所で“匿う”なんて言葉が出てくるのは只事ではない――と、普通なら思うのだろうが。残念なことに云って来たのは悪戯好きの少女。狼少年ではないにしろ、そんなに切羽詰まったものではないだろうとアタリを付ける。
 しかし、イオの義姉であるアンシュはそうもいかなかったようで。
「義妹の危機……!?」
 腰を浮かして、ポットを乱暴に机に置いて。アンシュはイオの小さな両手をそっと握った。ありとあらゆる義妹に降りかかっている恐怖を思い浮かべたのか、穏やかな雪を思わせる薄い灰の瞳にはうっすら涙が盛り上がっている。今彼女の脳内では、可愛い義妹があれやこれやと可哀想な目にあっているのだろうか。
 ……あまり間違ってはいない気もする。
「イオちゃん、匿ってってどうしたの、一体何に巻き込まれて…っ」
「はぅぅやっとお話出来るのだよー…」
 イオは小さく息を吐いた。この異常事態をどう伝えようかと考えるも、説明に長い時間を掛けてはいられない。端的に、端的に。
「――、あのね、ラシアが、」


「イ・オ・イ・オ・の・声がするぜヒャッハーーー!」
「うみゅあああああ!?」


 ババーン、と効果音が付く勢いでデュラシアが扉を開け放った。男の声を背に浴びて、イオの背筋がぞわぞわと不快に震える。
 よくよく考えれば鬼ごっこがスタートした場所から一番近い部屋に飛び込んだのだ、当然デュラシアだって其処を探すに決まっている。何より彼がイオ以上にこの屋敷内を解っているのは至極道理で。
「イオイオ、こんなところにいたのね。探したわよ」
 デュラシアのサングラスがキラリと光った。
 涙目でデュラシアを睨むイオとは違い、事態を知らぬゼンとアンシュは現れた彼の様子に戸惑いを隠せない。
「ゼン、アンシュちゃん! 俺のイオイオを渡してもらおうか!」
「店長、それ完全に悪役の台詞ですよ!」
「ッてあンた、結婚してるだろ……」
 ゼンがイオに視線をやる。イオは怯えた表情でアンシュの後ろにさっと隠れ、そっとデュラシアを見遣った。その様子は悪戯を見つかったときの仕草にも似ているが、それにしてはデュラシアの様子がおかし過ぎる。
「……アレにイオを渡すのは、危ない臭いがする……」
「ちょっと待ってて下さいね、イオちゃん。――店長といえども、かわいい妹を虐める人は許しませんよっ」
 早く行け。
 早く行って。
 静かに、力強く、二人の台詞が被さって。
「…、ありがとーなのだよ!」
「行かせるくわ!」
「店長こそ行かせません!」
 走り去るイオを追いかけようと踵を返したデュラシアより先に、アンシュが扉に立ち塞がる。ストライダーの俊敏さに加え、忍びの身軽さが活かされた。両手を大きく広げ、行かせまいとデュラシアを睨む。
「店長、何があったかよく解りませんが、イオちゃんをこれ以上追いかけ回すとまたヅラを狩りますよ!」
「俺ヅラじゃないんだけどなまぁいいや! 其処を通して頂戴!」
「ッ! ヅラ疑惑を『まぁいい』で片付けるとか、そんなの店長じゃありません! 店長を元に戻す為、精一杯ヅラを狩らせて頂きます!」
「…………アンシュ、目的替わッてる」
 ゼンの冷静なツッコミが、彼女に届いたかは解らない。


ユウをもぎとれ!)






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