酷い目にあった。
 兎に角酷い目にあった。
 起きて早々凄まじい打撃を喰らうわ、そうでなくたって身体のあちこちは痛むわ、アヤちゃんは別れたくないって泣いているわで、取り合えず俺に何かがあったことだけは理解が出来た。アヤちゃんを宥めて誤解を解いて抱きしめて、頬にバードキスを落とせば、うわあ、と誰かが呟いた。
 気にしない。照れたアヤちゃんが泣きやめばそれでいいのだ。
「ラシア、自分が何したか覚えてる?」
「……いや、全く覚えてねぇわ。俺何しちゃったのよ?」
 説明を受けて、全身黒タイツへの殺意が沸く(俺を見たアヤちゃんが涙目になった。即イオ達に怒られた)。後で眼鏡フルスイングの刑をしようと固く誓う。
 フグのように頬を膨らませるイオイオには、ひたすら平謝りを繰り返した。
 俺だって被害者なのに、とは思うけど、いきなり追いかけられれば大抵の女の子は怖がるか、と思い直す。彼女を普通の女の子に分類していいかは少し迷ったけど(云ったらグーで顔面殴られた。口は災いの元)。勿論、巻き込んだマサキちゃんとセラフィーユちゃんにも謝った。
 薬のせいだから仕方ないけど、と眉を下げて笑ったイオイオの頭に、もう一度の“ごめん”を込めてくしゃりと撫でた。
 騒ぎに対する謝罪と――嘘をついたことに対する謝罪だ。


 嘘をついた。
 確かに、自分が何をしたかは全く覚えていない。全身が痛む理由も、アヤちゃんが泣いている理由も、記憶としては残っていない。
 ただ、ひとつだけ覚えていることがある。
(俺がイオイオを好き、ね)
 ――薬で得た感情の記憶。イオイオを好きだった気持ちだけは、不思議と己の心に染み付いていた。
 追いかけ回した行動が薬のせいかは不明だが(寧ろ薬のせいであってくれと切に願う)、彼女を好きだった時にどういうことを考えていたか、どういう感情の揺れが起こっていたか。古いアルバムを捲ってひとつひとつの出来事を確かめていくように、鮮明に解るのだ。
 惚れ薬――元々持っていた好意を恋愛感情に変換する薬――実際に体験し、説明を受けた今、俺はあれをそう思っている。友愛と恋愛は異なっていて、なのに似てもいるから、自分が抱いている感情がどちらか解らない人間というのは存在する。
 薬の効力が切れた時。元々持っていた好意と一時的に得た愛情を比較して、どちらかを自覚するための“惚れ薬”……というのは、いくらなんでも好意的な解釈をし過ぎだろうか?
 少しだけ真剣に考えてみた。
 考えて、一瞬で否定する。
(……くだらねぇ)
 口角を釣り上げる。馬鹿馬鹿しい。考えたって意味が無いじゃないか。
 どんなに大切に思おうと、どんなに愛しく思おうと、彼女との関係はたったひとつ。


 友達以上恋人未満。
 それ以外になりようがないし――それ以外に、なるつもりも無い。





 ――って、其処で綺麗に終われたらよかったんだけどね。
 店に戻った俺を待っていたのは、友人たちの冷えた視線と、常連客のにやけ面だった。

 その後どうなったかは、各々の想像に任せたいと思う。


NARRATIVE)

***Thank you to the dear world.





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