下敷きにしていたルーズリーフ束から身を起こしてみれば、夜の帳はとうに降りていたらしい。時計の針はどちらも丁度真上を指していて、最後の記憶にある朱色は窓の外に全く見当たらなかった。ルーズリーフに視線を戻せば、出された課題はまだ途中。提出日は先だから大丈夫だけど、途中で寝落ちするのはなんとなく情けない。
 ため息を落として、いつの間にか握り締めていたらしい携帯電話に目を向ける。二つ折りのそれを開いて目を瞠り、別の理由でまたため息。
(……なんで起きなかったの、私)
 同じ名前がふたつ、みっつと並んでいて、申し訳ない気持ちになる。着信履歴に掛け直そうか少し迷って、結局そのまま携帯を閉じた。最後の名前からそう時間が経っていなかったら良かったけど、流石に数時間前だと躊躇いが勝つ。急ぎの用事以外で、深夜に電話は掛けたくない。
 相手がまだ起きているかの確証も無いし――と、そこまで考えて笑う。この曜日はいつも、朝稽古の為に早寝している筈だ。寝てるに決まってる。
 メールだけなら、とも思ったけど、それも結局止めた。
 来ないって解ってたって、すぐの返事を期待するから。
「はー……」
 ルーズリーフをまた下敷きに、上半身を机に寝かせる。ロマンチック、私の友達は口を揃えてそう云うけれど、それは実際にしたことがないから云える言葉だ。
 遠距離恋愛。なんて。
 実際はロマンチックでもなんでもない、ただ不安と焦りが募るだけ。勿論駆け引きを楽しめる人もいるだろうけれど、私はその類に漏れてしまったらしい。連絡があるだけマシって云う子もいるけど、私は最初から無い方が良い気もしてしまう。欲張りになっていくのが自分で解る。
 課題を続ける気にはもうなれず、ベッドにぼすんと飛び込んで、抱き枕をぎゅってする。
 君は今、どんな夢を見てるんだろう。抱き枕に顔を押しつければ、カチコチと規則的に鳴るアナログ時計の音がより大きくなった気がした。
 夢に知ってる人が出てくるのは、その知ってる人が自分に会いたいと思っているから。想いが飛んでくるから、夢に出てくるって云うよね。
 なら、私の夢を見てるかな。
 そうだと、いいな。

 枕から顔を離して、ごろりと大の字に寝そべる。蛍光灯の光が眼に痛くて瞼を閉じた。
 こうして両手を大きく広げたら、飛行機と同じポーズを取ったら、飛べないだろうか。
 夜空を滑走路にして、私の身体をふわり浮かせて、着陸は君の胸――なんて。
「……馬鹿か」
 呆れて、思わず呟く。
 でも。そんな馬鹿なことを考えてしまうくらいには、今すぐ飛び出したくてたまらない。
 明日こそ我儘を云えるかなって思って、その為なら一寸ずるい子になってもいいかなって思って、でも私はそんなこと云えやしないんだ。
 我儘を云ったって、物理的な距離はどうしようもないって解っているから。こちらから距離を詰めようにもまだまだそれは出来ないから。

 会いたいのに会えなくて。
 触れたいのに触れられなくて。
 もどかしい想いに反応する度、心が我儘を繰り返す。


 ――ね、今すぐ君に会いたいよ!


(CRAZY FOR YOU)