泡立った愛液を飛び散らして叫ぶ虎鉄の姿は、子供が駄々をこねているのに似ている。
 か弱い者が持つ特有の愛らしさに微笑んで、それから噎せ返るような色気を浴びて、バーナビーはうっとりと目を細めた。
 秘所に歯ブラシを咥えさせられた虎鉄の屈辱は――勿論、狙ってやったわけだが――相当なものだったと思う。けれどそれを感じたのも始めだけで。茶の瞳に反抗の色は見られない。薄い唇は固く閉じられているけれど、それもきっと今だけだ。もう焦点が合っていない。起立した一物の根元を愛用の髪ゴムでぎゅっと縛られているのだから、それも仕方ないだろう。
(……此の儘じゃ、虎鉄さんのに跡が付いちゃいますね)
 お気に入りのプラモデルに傷が付くのが嫌だから、傷が付く前に外そうか。表面だけなぞれば労りの言葉なのに、その声音はぞっとするほどに冷静だ。
「――ッも、無理だから――バニ…――ッバーナビー!」
 虎鉄が叫ぶ。
 求める声に応えるように、バーナビーの口元が僅かに歪んだ。

 それでいいんです。虎鉄さん。
 僕の名前を、唯ひたすらに呼んで下さい。


 貴方がヒーローを止めると云った時、僕がどんな気持ちでそれを聞いたか解りますか?


 “おじさん”って頑なに呼んだのは、貴方を信じることが出来なかったから。
 “虎鉄さん”って呼名を変えたのは、貴方を信じられると思ったから。
 酷く勝手だって自分でも解っています。信じられると思った、だなんて。 勝手に期待されて勝手に失望された貴方にとっては迷惑でしかないでしょう。 それでも、僕にはそれしか無かったんです。
 僕は云いました。ジェイクを倒してから、目に映る世界の色は変わったと。
 でも、それだけじゃないんですよ。

 僕は、僕は――虎鉄さんの名前を呼ぶようになったからだとも、思います。
 貴方の名を呼んで、貴方が此処にいるって感じて。だからだと、思います。


 虎鉄さん。ねえ、虎鉄さん。
 僕の名前を、呼んでくれませんか?
 僕しか見えなくなってはくれませんか?

 貴方がヒーローを止めてしまったら、名前を呼んではもらえなくなるから。
 僕も一緒に止めてしまいたいけれど、それはまだ、出来ないから。
 だから、どうか。ヒーローを辞めざるをえないなら。
 代わりに此処で。


(名前を呼んで)


 虎鉄さんの両目を抉ったら。
 そうしたら、貴方が毎夜見る夢は、僕一色になるんでしょうか。