「……俺に手出したのバレたら、首、刎ねられるぞ」
「それぐらい知っとるわ」
 帽子屋の肩口から青空が見える。雲の一欠片もない、やけに高くて青い秋空だ。
 クラウディオがお茶会の宣言をしない限り、テーブルを置いた場所は彼の領地だ。人通りもない森の傍の道、聞こえる音と言えば、囁き交わす小鳥の声ぐらい。
 キサの顔のすぐ傍にはケーキやクッキーの乗った銀盆があり、その更に隣にはカバーに覆われたティーポット。白のテーブルクロスの上に押さえつけられ、背中に当たる硬い木の感触に、キサはどうにか体勢を直そうとするのだが、クラウディオが腕をテーブルへと押し付けてくる力はそれより強くて敵わなかった。
 騒ぐ兎を何度も抱き寄せて、怒鳴る兎に何度もキスをして。
 ついに帽子屋の元に届いたのは、兎を誰より愛する赤の女王からの手紙。
 曰く――貴方のシルクハットを、首ごと欲しいの、と。
「じゃあいい加減に止めろ。ホントに死ぬぞ」
 淡々と、キサは言う。気紛れのからかい相手に自分を選んだせいでクラウディオが死ぬのは、多少なりと気分が悪い。そう思っての忠告だった。
 だから、帽子屋のアメジストがぎらついて自分の瞳を覗き込んできた刹那、そこに閃く紫電に息を飲んだ。腕を捕まえたそのままに、クラウディオはキサの常緑色の髪に口付けを落とす。

 だって、俺は、御前の暇潰しで。


「――命掛けるくらい手に入れたいって云ったら?」


 御前がそんなことを言うなんて、思ってもなくて、脳が台詞の受け取りを拒否した。


(帽子屋の本音=兎の誤算)

...by Ichi Maebashi